追憶ノ湖

一生貴方達のフルールであるように。一生貴方のリリーであるように。

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あと一ヵ月!



歴史は再び動き始まる。
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十年間ありがとう。Kamijoさん。Lareine。これからもずっと。。。

一边想着明天去交修论不要出什么问题,一边耳边流过BALLAD的歌声。突然浮现一种感慨。每次最关键最苦闷的日子,陪伴在身边的一直是Kamijo的歌声。让我刻骨铭心的,是10年前的高考期间,每次焦急烦躁的时候,总是靠Kamijo的歌声来安抚心灵。这次奋斗修论算是第二次类似的情况,虽然码字的时候基本是以八音盒为BGM的。
于是又翻出10年前的那本日记,清楚的记载着从2001年11月11日开始花痴Kamijo的点点滴滴。记得每次看完第一篇就要感叹一番当初自己的纯情素直。现在是写不出这种文字了,但是10年前开始的一幕幕情景,都历历在目。
掐指一算,今年算是真正进入第10个年头。那个迷上女王迷上Kamijo的夏天,才10代的自己。现在很在意最初写的花痴kamijo的那篇日记,作为随笔作业上交之后便失踪了的日记。连老师也不知道去了哪里,于是关于女王关于Kamijo的最初的记录就这么成为了一个谜。
最近几个月基本不怎么听V团的歌,而是不断的repeat着女王的各种名曲。也许是因为圣诞前第二次听KAMIJO唱了女王的歌,一两个月的缓冲根本缓和不了我现在对女王的执念。也许KAMIJO本人的执念早已深藏起来,但是作为一个没有亲眼看过女王的海外fleur来说,这始终是无法平息的一种怨念。所以最近每次见到kamijo都要任性地意味深地提到一些女王。希望你不要觉得迷惑。能和你面对面说话的机会不多,与其那些千篇一律的打招呼,我只想素直的说出我的心声。
这个季节,是最容易感伤女王的季节。今年的东京会不会下雪呢。如果下雪,你会不会遥望东京塔。
正巧随机播放到冬东京。
 今夜は感傷しない、ただ、温かい気持ちで昔を少し追憶した。
おやすみなさい。

愚痴、かな。ラレーヌを聞きた~~~い!

先日のKAMIJOさんの耳元の囁き以来、ずっと正気に戻れないまま。

最近やたらラレーヌのことばかり思い出している。上海のフルールちゃんと話している最中、いつも二人とも切ない気分になりがちです。

なんだかVersaillesへの熱情はいまいちだし、やっぱりKAMIJOさん個人以上には愛せない気がします。

先週のハロウインイベントで一ヶ月ぶりにKAMIJOさんと会って、話しまで一杯出来て、いつも以上にメロメロで、いろいろ考えさせてしまった。

正直海外ツアーの時はとても寂しかった。そして嫉妬も一杯でした。同じ外国人でも、上海はそんな優遇はなかった。香港のライブは行けまして、ちょっとした嬉しいこともあったが、やはり悔しいです。いつか、上海に来てほしい。上海のフルールと会ってほしい。日本ほど一杯いるわけではないが、リアルタイムでラレーヌを見た人も少ないが、日本のフルールに負けない愛があります。

ウイーンにいた時KAMIJOのつぶやきを見て、とても複雑な気持ちになりました。「this time with versailles」なんて、安心しながらも切なく感じました。「大切な何かを迎えに来た気がする」も、11年前一人ぼっちの自分を見たという意味だろう。

九月のライブ以来、メタモとフィアンセを聞いた以来、また、叶わない執念が蘇った。実は、いつでも、ラレーヌの復活をどこか期待しているのだろうと、改めて思い知らされた。フルールとしての年月はあっという間に十年、リアルタイムでラレーヌを観れなかったのは一番の悔しいだけど、それ以上に、自分の矛盾さに腹立つ。多分いまは、ラレーヌのこと以上に、ヴェルサイユのことを知っている自分がいるからだ。

ヴェルサイユ当初は受け入れなかったので、日本に来て暫く見て見ぬふりをしてた。でも結局、KAMIJO本人だけを見るためにヴェルサイユのライブに行きました。皮肉なことで、それからヴェルサイユを通い始めて、好きになって、ずっと応援すると決めた。でも、すべては結局KAMIJOがいるからこそでした。

いまでもヴェルサイユを応援するつもりだが、やっぱりラレーヌを思い出すたび、一人のKAMIJOを見るたび、時々、どうしても過去に戻りたいほど切なくなる。今のヴェルサイユは、彼にとって大切な存在になったのかもしれないが、ラレーヌこそは永遠の最愛だと信じている。でも、今は今、過去にはもう戻れないから、心の奥に閉ざしていくしかないだろうか。前に進まないと、時間は止まってしまって、人の心も凍りつくことになるだろうから、KAMIJOは止まらず前に進んでいた。

特に大切なのは、いまは、仲間がいる、ということでしょうか。だからこそ、KAMIJOさんはウイーンにいた時、今度はヴェルサイユと一緒、と言ってましたね。仲間を失うことは、一番の苦しみだろう。昔もそういう風に何回も傷付けたからこそ、いまはもっと此のことを大切に思っているのだろう。しかたないことです。寂しくて哀しくて脆くて壊れそうになったとしても、今まで頑張って来たKAMIJOさんに私は一番尊敬しています。現実は醜くても、彼の心をずっと信じようと思います。

分からないことも一杯あります。二年前のあの事件以来、彼のブログを見ると、やはりあの時を境に、彼は表向きに心をもっと閉じた気がしなくてはならなかった。あるいは、もっと鎧を着けた感じかな。

十年前、ちょうどラレーヌはKAMIJO一人の時期で、私は初めてラレーヌを知った。この人の強さと切なさを愛おしく思って、好きになったきっかけになった。

いろいろな意味で、いまのヴェルサイユのKAMIJOを見ながら、私はずっと昔の面影を探していると思います。これは、ラレーヌのKAMIJOを観れなかった執念的な気持ちかもしれない。だから、一人の時のKAMIJOを見るたび、その思いを募らせなくではいられなかった。

先日のイベント後、握手と話しができました。耳もとの囁きはとろけたばかりだが、いつもの「いつかまたラレーヌを聞けますか」という質問を問いかけてみたかった。結局何回のやり取りの後、忘れてしまった。あるいは、聞けなかったかもしれない。ヴェルサイユの握手会の時は勿論、こんな質問したら良くないと思うから、あの時はただKAMIJOさん個人のことを聞きたかった。でもやはり聞けなかった。自分勝手すぎると思ってしまった。

でもやはり九月のライブの影響か、もっとラレーヌを歌ってほしい。やはり私には、ラレーヌの歌は何より好きです。歌詞も、メロディも、世界観も、すべて。ヴェルサイユの歌のテイストは、私にとって重過ぎるかもしれないが、それ以上に、世界観の問題です。KAMIJOは、今のヴェルサイユでは、昔自分が出来なかったことを出来た、と言った。でもフルールたちにとって、ラレーヌは永遠に最高だろう。リリーシャロット、冬東京など、ラレーヌの切なさとロマンは、もう十年以上も聞いてるし、肌に馴染むほど深く心が揺さぶられていた。

この間のアルバム発売握手会で、KAMIJOさんに聞いた。「HOLY GRAILの中、一番好きな曲はどれ。」KAMIJOは、予想通りに、「Love will be born again」と答えた。「何故」とは、結局聞けなかったが、多分聞く必要もないだろう。KAMIJOさんのそういう歌謡曲か、バラード曲は、個人的にも一番好きだし、ヴェルサイユの歌の中の特別な存在でもあるだろう。毎回、必ず一曲ぐらいは入れているかな。鹿鳴館の時の名も無き雨の歌は凄く好きでした。多分アルバムバージョンよりずっと好きです。楽器の音を入れすぎないで、歌声そのものを聴けるのはワンポイントで、また、歌詞の優しさと切なさ、いつも、ラレーヌを連想させてしまう。

長くなったから、そろそろおしまいにしよう。

今は、海外フルール特有の念願と言っては語弊があるかもしれないが、とにかく、今でも、ずっとラレーヌを歌っているKAMIJOさんを見たかった。克服し難い事情もあるが、もし、一日でも、ラレーヌが復活できれば、どれほど嬉しいか、想像に超えます。

最近は個人活動が多くなるヴェルサイユだから、余計に期待してしまうが、ソロ活動なども不可能でもないですね。ヴェルサイユは順調に進むように祈りますし、余裕があれば、KAMIJO個人的な活躍も観てみたい。私は、ますます欲張りですね。でも海外ツアーなど、やはり先週会った時は、痩せた気がします。この人、実は、様々な人に応えるために、いつも頑張りすぎているだろう。分からない部分もたくさんあるが、なんとなく、分かるような気がします。

おやすみなさい。

月の狩人

今夜聞いたのはこれ。

Lareine-月の狩人(unplugged)

Lyrics&Music:KAMIJO

曇り空に描く水彩画

滲んだまま淡く広がった

途切れかけたあなたの想いを

捕らえるように照らす青い陽炎が


そう抱きしめた事さえもなくて

細い肩に恋い焦がれて

本当はまだ確信もなくて

揺れるあなたをただ見てた


もう放さないと弓を引いて目を反らした

震える心は奪えなくて


今宵、唄われし恋の花は

白い絹を纏って

空を艶やかな蝶が舞う

揺れて...揺れて...揺れて...


もう放さないと弓を引いて目を反らした

震える心は奪えなくて


月に照らされし儚い花

頬に綴られたまま

いつかあなたが笑う日まで

ずっと...ずっと...ずっと...


今宵、唄われし恋の花は

白い絹を纏って

空を艶やかな蝶が舞う

揺れて...揺れて...揺れて...


おやすみ~

Tokyoヤマノテboys super mint gum event

初めてのナマ遊佐さん!!!!マジカッコウ良すぎだ!惚れちゃった!マジヤバイ!

どうしようどうしょうどうしょう!本当に愛しちゃうかも!~

二時間半のイベント、予想より内容充実だった。面白かった。サービス満点だった。楽しかった!

これから、ナマ遊佐さんを見るのも癖になりそう。どうしょう!

今日整番はかなり悪かったので、遠くからしか見れなかった。でも、それでも、遊佐さんが登場したとき、うっとりするほど見入った。なんて格好いい!っと正直感心した。

あの童顔で梶君の隣に立っても全然40過ぎには見えない。マジカッコウいいよ、写真よりも。

ああああ~~今脱力中、寝れないや~~

日出処の天子

 夕べようやく遅くまで読み終えました!白泉社文庫版七巻の山岸涼子の『日出処の天子』を。

 結構前から読み始めたのだが、途中一度止まったら、なかなか進まなかった。でも最近、また読みたくなって、一気に第三巻から猛スピードで読み終わった。実に、とても面白かった漫画です!

 歴史好き、耽美好きの私には、たまらない漫画です。読んでる途中、流石に名作だなぁとか、いろいろ感心したところもありました。昨日は、最後まで読んで、泣きたいぐらい、たくさんの思惑を抱えながら、やりきれない気持ちも含めて、満足でした。

 私にとってのいくつかのポイント:厩戸王子と蘇我毛人の葛藤、超能力者で同性愛者と設定される厩戸王子の悲哀、二人合わせて完全になる、人とはもともと不完全な生物という理屈、聖と俗の共有?飛鳥時代の歴史、聖徳太子に関する伝説、などです。

 昨日終わりのところの、王子と毛人の最終(?)の打ち明けを見て、やりきれない気持ちでいっぱいになった。二人とも、開き直って、お互いの気持ちと思惑を伝えた場面です。王子の主張は、王子は生まれつきの超能力者で、普通の人が見えないもの、例えば、死んだ人の魂、仏様、神さま、自然界の生霊ぽいもの?など、あらゆるものを見ることが出来る。それに、人間を自分の思い通りにコントロールできる神に近い存在でもある。しかし、唯一(実は二人)、王子の超能力がコントロールできない人間はいる。それは、王子の母と毛人二人だけでした。お母さんはともかく、毛人は、いつも、王子の能力をさらに引き出せるように、肝心の時に王子を窮地から救ってくれた。最終、王子自身でも解けなかった謎は、王子の恋心と一緒に、毛人に対してこう語られた。

 「わたしが女であったら、そなたは選んでくれたのか?しかし、わたしは男だ。そして、それがあたりまえ。元が同じ一つであるならば、たとえ、その身は二つに分かれようとも、同じ性のはず。...そなたが、わたしの一部を持って、先にこの世に生まれ落ちてしまったゆえ、わたしはそなたを追ってこの世に生まれたのだ。そして、今もそなたを追いかけておる。」

 いかにロマン溢れた告白でありながら、どこかぞっとした。王子は、自分と毛人がもともと一つの存在であったと思った。だから、この世に二人として生まれて、完全体ではなくなった。だから、二人は一緒になるべくだと主張した。理屈などはどうでもいい、王子のこの執着ぶりに感動しないわけがない。

 でも、毛人はやはりこの理屈を認めながらも、人の世を捨てられなかった。たとえ、自分の無意識の中で既に半分実行したのに。毛人の主張とは、もともと、人として生まれたのは、不完全であることである。もし、自分が王子と一緒になったら、完全体になったとたん、既に人間の枠を超えて、超能力どころか、全てを支配できる神か、仏になる。それは、いけないと。どこかいけない?と聞いたら、これこそ、毛人の凡人性というか、道徳観というか、運命と天の神さまを逆らえない理性にある。逆に、厩戸王子の人を超える存在感はますます際立つ、っていう感じ。

 正直、この時点で、私を改めて毛人を嫌いになった。王子の、その「二人で一つ」の理屈などはどうでもいい。本当のロマンはこう言う結末ではないはずですから!!!!まぁ、歴史に関わることはともかく、私のやりきれない気持ちとは、10年経っても、毛人は最終的に王子を選ばなかった。恋愛物語としての純粋な切なさです。

 だから、私は、王子の悲哀を嘆くしか出来なかった。だから、どうしても、哀しくなる。泣きたくなる。切ないよ!この意味でも、最高の少女漫画ですね。

 この漫画の凄いところとは、歴史交じりの壮大なストーリを描きながら、一つ一つの人間ドラマを生々しく描いたとこ
にある。80年代の作品と言っても、時代遅れとかそういう違和感は全くないです。解説を読んだら、王子の聖性と俗性とかやらを書かれているようだが、私は、単純に、この人間ドラマと、王子の叶わぬ恋の行方に魅了されたかもしれません。
 
 まぬけ男の毛人にはかなり苛立ちました。最後まできて、本当にバカバカと罵りたいですから!彼の愛する布都姫をも全然好きになれないし、特別な女性なぞ微塵も感じなかった。本当に人形みたいに、美しい外見以外、なにも無い。強いて言えば、巫女らしいココロの清らかかな。でもそれは、あくまで理想ぽい設定です。それと比べて、妹の刀自古や皇女の大姫などの女性のほうは、まだ人間味深く、性格がある。

 最後の結末は、本当に哀しすぎるけど、王子のその全てを吹っ切れたありさまは、しょうがないと言ったら、確かにどうしようもないですね。この時点で終わらせたのも作者の意図かな。

 結局、私を一番魅せられてたのはやはり厩戸王子という人物です。人間以上の知恵と能力を持ちながら、人間くさいところを捨て切れなかった彼は、正に不完全な存在です。生身の人間です。しかし一方、脱人間の瞬間には、神や仏のごとく威厳と恐怖に満ちている。妖しく、美しく、尊い存在です。もともと、王子の造形は、決して慈しき菩薩様ではなく、もっと畏れるべき存在であろう。それは、神にも、仏にも、妖にも彷彿させるかもしれないが、深く考える必要は無く、ただ、この矛盾な設定そのもの、王子に豊かな性格と魅力与えたのだろう。と言っても、作者の細かいところの描写については、本当に可愛らしい王子だなぁと愛しくも思った。だから、どうしても、王子のほうに感情移入しなければならなかった。

 ここまで書いて、まるで夕べのやり切れない気持ちの吐き口になった日記です。これからも、たまたま読み返して、味わいたい漫画ですから。

 今日ネットで聖徳太子ゆかりの地を調べてみました。なんだか、行きたくなるね。四天王寺とか、法隆寺の夢殿とか。漫画は所詮フィクションだけど、別に歴史を考証するほど難しく考えたくないから、ただ、この作品をたっぷり楽しんだから、満足です。

 最後、美しい王子を一枚~~~>v<
yamagisiryokoflute.jpg

もう一度!HAPPY BDAY to kamijoさま!

 Remember Foreverを聞きながら、先日のライブ現場に戻った気がする。

 まず、もう一度、最愛のkamijoさまへ、お誕生日おめでとうございます~

 7月17日、渋谷CCレモンホール、ヴェルサイユ2011ワールドツアー始動しました。

 久しぶりのホールライブ、大きくて華麗な舞台の上のヴェルサイユ、本当に輝いていた。

 Masquearadeで開場したライブは、仮面舞踏会のテーマを貫いて、kamijoさんはマスクをつけて登場した。

 一瞬、舞台の上は眩しすぎて、眩暈をするほど圧倒されました。

 次々と新曲を披露してくる。鹿鳴館の時は何曲聴きましたが、やはり、会場は完全に違う雰囲気なので、感じたものも全然違う。

 壮大さと華麗さ、一種の尊い雰囲気。

 Holy Grailを初聞きした時、まだ慣れない部分もあって、かなり辛口で評判したことがあった。でも、いまになって、このアルバムの中の曲、過去の全ての曲に負けないぐらい素晴らしいと思う。昔の曲は、だんだん馴染みが深まって、長い時間をかけた重みがあるから、私たちの心を強く揺さぶるでしょう。鳥肌を立つほどの経験はあまりないが、私には感動されるかどうかは一番の基準かもしれません。

 だから、ライブの体験は本当に不可欠だと思って、今までまだライブを見たことのないファンの子たちのためにも、ヴェルサイユにもっと活動を広めてほしいとずっと念願しています。もし、今、私は日本にいないなら、現在のヴェルサイユを理解できなかったかもしれない。

まず、セトリの乗せよう。自分の記憶にはあんまり自信ないから。

 Versailles 2011.7.17 CC Lemon hall live セトリ

MASQUERADE
Ascendead Master
Judicial Noir
Flowery
Thanatos
Destiny -The Lovers-
Love will be born again
Desert Apple
Threshold
Vampire
Libido
Remember Forever
DRY ICE SCREAM!![Remove Silence]
Philia
Faith & Decision
アンコ1
Prelude
The Red Carpet Day
Aristocrat's Symphony
アンコ2
Sympathia
The Revenant Choir

 前半は、Ascendead Masterだけを新曲たちの中に入れて、二曲目として披露したのは私的にかなり受けました。Masqueradeは開場曲としてまずヴェルサイユの城の扉を開く、って感じで、Ascendead Masterは一気に城の中に入って、禁断の世界を目の前にして、蠢きはじめた、というシチュエーションは自分の頭で浮かべる。

 Destiny -The Lovers-が終わって、ほかのメンバーが一時退場して、kamijoだけが舞台に残った。ライトはだんだん暗くなって、kamijoはドラマセットの下の階段に腰を下ろした時、絶対、love will be born againだと思った。まだ始まらないうちに、会場は静まり、暗闇の中の一人ぼっちのkamijoって、なかなか珍しい風景でもあった。

 座ったまま、ギターのメロディーが流れてくる。言葉にできないおっとりした雰囲気でした。囁くような歌い方、あまりにも照れくさい歌詞(全部英語にしたのもこれが一原因だと)、悲しくて優しすぎるこのラブソングは、kamijoっぽい曲だと言われている。私的には勿論超~好きな一曲だったし、ナマで聞けるなんて至福だと思った。なかなか、今のヴェルサイユでは、ないライブ現場ですから。これからも、おそらく聞けるチャンスは少ないと思う。この意味で、今度のレモンホールの私個人的の一つの楽しみです。

 パンフレットでkamijo自身の解釈を見たあと、握手会の時の答えは明らかになった。「鏡の中の自分を見ている。抜け出した魂が自分の肉体を見ている」というkamijoの表現方はおぼろげながら、よく分かります。ここでは、ちなみに、パンフレットの中の言葉を載せたい。なぜなら、読んだあと、嬉しくても、切ない。

 「(前略)どんな捉え方でも構わないが、悲しい曲ではあるんですけど、温かい気持ちになってもらいたいなとは思います。KAMIJOでも照れるような言葉をいっぱい使っているので(笑)」 
 无论怎样的理解方式都可以,虽然这是一首悲伤的歌曲,但是我希望能让人感受到温暖。因为使用了很多连kamijo自己都会不好意思的词。

 質問:だから英詞にしたんですか?(笑)
所以使用了英语?

 「それもあります(笑)。言ってることを英語にしなかったら・・・もう、ローズ・フェースですね(笑)」
这也是一个原因。歌词的内容如果不写成英语,恐怕,早就rose face了。(rose face,nice表现,kamijo的表现方式说的好听叫含蓄,吐槽他就是闷骚?>v<面红耳赤神码的哈哈!)

 質問:KAMIJOくんの思想は、昔から変わらないんだなぁという印象です。
kamijo君的思想,给人从以前就一直没有变的印象呢。

 Versaillesやるにあたって、『孤独の苦しみ』を歌っている理由というのが、前バンドLAREINEの時に永遠というものを求めすぎて、永遠の果ては孤独だと知ってしまったからなんですよ。『永遠に生きる』ということは、孤独だと思ったんで」
开始versailles,歌唱『孤独的痛苦』的理由,正是因为,以前的lareine时期,过于追求永远,而知道了永远的尽头就是孤独。所谓的『永生』,就是孤独。

 ちょっとライブの感想とずれてるけど、kamijoの最後の言葉を聞いたら、複雑な感情が込み上げてきた。確かに、kamijoという人は、昔からずっと変わらない印象がある、でも、ちゃんと変わっている部分も誰でも目に見える。

 では、ライブ感想に戻ろう。

 この一曲で、なかなか思い込みすぎて、次の楽器隊ソローの時は、半分うわの空でした。

 続きのLibidoの時、この歌の現場ののりは案外好きです。飛び上がったり、とても楽しそうなライブ曲です。一緒に飛んだりしているkamijoの姿も、いつも楽しそうで、見る人にもその空気が伝わってくる。
 
 次のRemember Foreverは初めてライブで歌った。やはり、辛そうに歌っているkamijoの姿は予想通りでした。いい意味で、今度のライブで貫いた一曲です。この歌は、最初、私はあまり好きではなかった。歌謡っぽいか、ポップスっぽいか、メロディーは綺麗だけど、kamijoの歌声はどこか無理に吊り上げられた気がした。英語の部分は本当にいいメロディーだけど、前はかなり抵抗感ありました。でもやはり、何回も何回も聞いてるうち、慣れた部分もあるし、歌詞に込められた感情は理解できるようになった。歌っているkamijoも、作詞と作曲したhizakiも、彼らがこの歌に込めた感情はだんだん聞くほうに伝わってくる感じです。英語の部分は一緒に歌ってほしいとライブ前呼びかけたが、現場では、ちょっとみんなの声は小さくて、まだ慣れてないせいか、ちょっと残念な合唱になったかもしれませんね。でも、今度、また一緒に歌いたい。こいうふうに、だんだん一曲一曲はライブでその歴史を重なって、重みのある曲になるだろう。これも歌が完成したあとの、もう一種の成長に違いないだろう。

  Faith & Decisionも初披露でした。やはり今度のライブの意味は重大です。一つの起点として。後半になって、歌い始めたら、それでも10分近くあります。だんだん辛く歌うようになったkamijoを見て、なんだかメンバー全員の感情は一番高まりの段階に上昇した気がする。やはり、この歌は大切でしょう。最初も、いろいろ悪口言ったのかもしれないが、今度のライブを見たら、もう何も文句を言えない感じです。全て納得っていう感じです。ヴェルサイユのライブは、かなり見ましたが、今度のライブで、一つの区切りのようなものを感じました。旨くいえないが、ここから出発するヴェルサイユの起点は、この目でずっと見届けたいと思った。

 最後、アンコの部分について、懐かしい曲いっぱいあって、だんだん浴衣の帯で息苦しくなった私でも、思い存分暴れました。

 Aristocrat's Symphonyの前奏は始まるまえ、このときこそ鳥肌が立てたほど興奮しました。まるで、終わりに向けた舞踏会は、もう一度、どこかの力で盛り上がった雰囲気です。もう一つの始まり、とでも理解していいだろう。

 Sympathia とThe Revenant Choirは、すでに定番になった終章です。最近は、ますます、終わりに近いにつれて、興奮するようになりました。ヴェルサイユというバンドは、最初は、多分kamijoさんを理解するために追いかけていったのかもしれません。でも、今になって、心から好きになれる原動力の一つは、やはりライブに参加できることです。

 今度のMCも、大好きです。
 
 「愛している」の時は、最初、なぜこんなつまらなそうな話題か、と一瞬疑いましたが、なるほど、と最後まで納得しました。これより直接な表現方法はないだろう。あえてkamijoは一番簡単な方法で伝えたい気持ちを伝えましたから、こっちはちゃんと受け止めていたという感じです。純粋な気持ちで、素の感情を表してくれました。「愛してる。I love you。je`taime」の次は、bonjourなんて、いい加減すぎるが、思わずhoneyと言い返したかった。やっぱり、変わらないなぁと感心しました。こんなkamijoはずっと大好きだから。原点に戻った気もしますが、新しい人生と世界にむけて走り出したkamijoさんは、ずっと私たちのそばにいて、本当に良かった。

 ヴェルサイユをやって良かったと、あなたたちはこう言ったのでしょう。一人のファンとして、ヴェルサイユと出会って良かったと、同じような心持で、あなたたちの輝く姿をずっと見届けたい。いままでありがとう。これからも頑張って。
 
 kamijoさんは、もう自分にとってかけがえのない存在ですから、あなたの幸せと健康を心から祈ります。ずっと愛しています。「何があっても、あなたへの忠誠心は変わらない。」(この最後の一言は、ずっと言ってみたかった。昔のインタビューで見つけたネタですから。)

ライブの戦利品。七列って、全然薔薇ライト届かない距離でしたね。いつぞ、kamijoからの投げ薔薇ライトゲットしたいなぁ~~~!
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